01/22/2004
「あ、黄色いちょうちょ・・」
阪急電車に乗っていたときのこと。
六甲駅に電車が止まり、
その人は少し急ぎながら小走りで電車に乗ってきました。
ちょうちょのように見えたのは、
黄色いコートを着た女の人だったのです。
菜の花色の鮮やかな色。生まれたてのひよこの色。
たっぷりとしたラグラン袖の、見るからに暖かそうなコートです。
少し息を切らしながら、私の横へ腰を下ろされました。
髪は真っ白ですが、
頬はほんのり赤く、背筋もピンとされています。
姿勢よく座りながらやがてその人は、
座席の下の足を小さく動かし始めました。
かばんから出したノートを見ながら、
右に、左に、
小さく回したり、後ろに引いたり・・。
「？」
文庫本の陰からこっそり見ていた私と、思わず目があってしまいました。
「ああ・・、ごめんなさいね。ご迷惑？」
「いえ・・」
「ダンスのステップをネ・・」
恥ずかしそうにちらりと見せてくれたノートには、
「ルンバ」、「ワルツ」と大きな赤い字で書いた下に、
それぞれの足の運びを細かく描いた図が。
「ダンス、習ってはるんですか？」
「そう。でも、なかなかステップが覚えられなくってネエ」
暇さえあればこうして足を動かしているのだと、
その人は言いました。
フフフと笑いながら、薄茶のブーツがまた動き始めます。
アン、デュ、トア、アン、デュ、トア。
三拍子のボックスが軽やかです。
そうこうしているうちに、電車が次の駅に止まりました。
「じゃあ、お先に」
黄色いコートの裾をふわりと揺らしながら、その人は降りていきました。
真冬の電車の中に紛れ込んできた一匹のちょうちょは、
つかの間、人もまばらなお昼の電車の中に、
春を運んできてくれたようでした。
六甲おろしの冷たい風が吹く日曜日のこと。
窓の外は小雪がちらついていました。