06/12/2003
「王様のバウムクーヘン」という名前のお菓子が我が家にやって来ました。
土曜の朝、まだ掃除機をかけていたときのこと。
「おい！来た！来たで！」
はしゃいだ夫の声に、２階にいた娘たちも駆け下りてきます。
「天地無用」、「静かにお取り扱い下さい」と書かれた白い箱が、
うやうやしくテーブルの上に置かれました。
今月は長女と三女の誕生月。
それにかこつけて、かねてから食べてみたかったこのお菓子を注文したのです。
実はこれ、並みのバースデーケーキよりはるかに値がはります。
スーパーの棚に並んでいる「庶民のバウムクーヘン」とは、どこがどんな風に違うんだろう・・。
たかがバウムクーヘンやないの？
そう思いつつも、「モノは試し・・」と、食いしんぼうな私は清水の舞台から飛び降りてみたのでした。
「さあ、じゃ、開けるよォ」。
上ずった声で言いながら、黒字に金色でユーハイムと織り込んだリボンをゆっくりとほどいてゆきます。
浦島太郎の玉手箱のよう・・などといいながら、茶色のふたを開けると中から出てきたのは
直径１５センチ、高さ２０センチほどの甘い切り株（バウム）。
上に見える切り口は、黄金色のケーキ生地が何層にも重なっています。
こんな風にそびえ立つバウムクーヘンを見るのは初めてです。
でこぼこ、でこぼこ。あっちこっちに突き出しているツノ。
どうしてこんな形に？
中に入っていた説明書を読んで、なるほどと納得しました。
バウムクーヘンの起源は古代ギリシャにさかのぼります。
狩猟民が獲物を火にかけてぐるぐる炙ったように、
このお菓子も樫の芯棒を回しながら生地をかけ、一層ずつ焼いていくのだそう。
今回注文した「ケーニヒスバウムクーヘン」は、
ユーハイムの創始者カール・ユーハイム氏のレシピを忠実に再現し、古式ゆかしく焼き上げた逸品。
でこぼこしているのは、生地が垂れたところなのだと想像がつきました。
手作りの形。
木の棒を回す職人さんの手が見えてくるようです。
バウムクーヘンはドイツのお菓子。
明治の居留地の頃から、神戸にはドイツ人が多く住んでいました。
阪神大震災の前まではドイツ領事館も置かれていましたし、ドイツ人学校は今も神戸と横浜にあるのみ。
そのせいか、街中には、おいしいドイツのお菓子やパンの店が多いのです。
ユーハイムは、日本で初めてバウムクーヘンを焼いた老舗。
創業８０年。古きよき神戸が偲ばれるハイカラなお店なのです。
とっておきの白いお皿に一切れずつ切り分け、さっそく食べてみました。
一口目、発酵バターの風味が口いっぱいに広がります。
後から香ばしいようなメープルの香りも。
周りをコーティングしているホワイトチョコレートのやさしい甘さがアクセントです。
「・・このケーキ、落ち着いてる・・」
つぶやいた長女の言葉は言いえて妙。どっしりとした重みがあります。
ダージリンの紅茶を一口飲んで、ホッと一息。
まじりけのない誠実な味に、懐かしさを感じました。
奇をてらわないあたたかな味です。
素材それぞれの味が何層にも重なる、濃厚なうまみの年輪。
「私が精魂込めて焼き上げました」と、職人さんの署名も入ったケーキは、
マイスターの誇りと歴史をふんわりまとっているようでした。
堂々たる形とその味に圧倒されつつ、
最後はやはり三女の素直な一言につきました。
「アー、オイチカッタネー」
賞味期限は６日間。
我が家にご滞在いただいている間は、ゆっくりと王様の味を楽しませていただきましょうか。